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経営

人件費の考え方と達成に向けた3つの対策

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人件費の考え方と達成に向けた3つの対策
企業経営を継続させていくために「人」は最も重要な資源です。一方で「人」は人件費を伴うため、企業経営に対する貢献と人件費は最適な関係であることが望ましいでしょう。今回は人件費をテーマに、最適な人件費の考え方と現在の日本企業を取りまく現状を踏まえた解決策を解説します。

人件費とは?

人件費とは、社員に支払う賃金などに代表される企業経営に必要な費用の一つです。賃金以外でも人にかかわる費用は人件費として扱われます。最適な人件費を費用として投資することによって、企業経営は継続および成長ができるといえます。

賃金・賞与

社員にとって賃金や賞与は、企業で働くうえで重要な項目です。経営者は、明確で分かりやすい給与制度の設計や、公平な評価制度に基づいた昇給、業績や貢献度に連動した賞与規定の設計に努めなければなりません。

退職金

東京都産業労働局がまとめた「中小企業の賃金・退職金事情(令和2年度版)」の調査結果によると、退職金制度について「制度あり」と回答した企業は65.9%でした。そのうち71.8%が退職金制度として「退職一時金のみ」と回答しています。退職一時金の準備は、社内準備が60.3%と最も高く、次いで中小企業退職金共済制度が46.6%となっています。(複数回答あり)

退職金についても経営者は、賃金・賞与と同様、明確で分かりやすく公平な制度を構築する必要があります。

福利費

福利厚生は従業員の健康、医療、住宅、ライフサポート、文化・体育・レクリエーションなどをサポートする取り組みであり、企業経営にとって重要である一方、福利厚生費にかかる費用は上昇傾向です。一般社団法人日本経済団体連合会の「第64回福利厚生調査結果報告書」によると、2019年度の企業の福利厚生費は、全産業平均で従業員1人1ヵ月あたり10万8,517 円でした。

企業経営者は、費用対効果を考えた制度運営を構築しなければなりません。

人件費の考え方で重要な労働分配率・労働生産性とは?

人件費の考え方で企業経営者が忘れてはいけないのは、「労働分配率」と「労働生産性」です。

労働分配率

労働分配率とは、企業が生産活動によって得られた付加価値のうち労働者側の受け取り分です。つまり「企業のもうけをどのくらい人件費として支払うか」という割合になります。企業業績が上がった場合、「労働分配率を上げるべきだ」という考え方があります。これは、労働分配率を上げることで賃金が上昇し、その分消費が伸び経済成長につながる効果が期待できるという予測に基づくものです。

一方で、企業経営者は自社の競争力を維持するために労働分配率を上げることについて、慎重にならざるを得ない状況があるのも事実でしょう。近年のグローバル化は、人件費の水準も競争力維持のための大きな要素になっています。

労働生産性

労働生産性とは、以下のような算式で表すことができます。

・労働者1人あたりの生産性=生産量÷労働者数
・1時間あたりの生産性=生産量÷(労働者数×労働時間)

上記は、社員1人あたりや1時間でどのくらいの生産を上げたかを表す数値です。生産性の向上は、働き方改革の中でも取り上げられ、企業経営を成功に導く重要な指標の一つです。生産性の向上とは、「同じ労働でより多くの成果を上げる」「より少ない労働で同じ成果を上げる」といったことを指します。

例えば、人材不足が深刻化する中で、社員のスキルアップにより、同じ人員でより一層高い売上を上げることや、業務の見直しにより、より一層短い時間で従来と同様の品質の仕事を仕上げることなどがあげられます。

最適な人件費達成のために必要な考え方

最適な人件費達成を考えるとき前提として考えなければならないのが、日本企業を取りまく社会環境の変化です。働き方改革では、日本の課題として「少子高齢化による人手不足」「社員の働き方ニーズの多様化」が挙げられています。人手不足の中で社員のニーズを満たした働き方を実現するためには、企業は生産性を上げることが必要です。

さらに、企業は生産性を上げることによって賃金面でも社員の賃金引き上げを求められています。企業経営者にとっても、社員一人ひとりの生産性が上がり、企業の業績がアップかつ企業経営が良好になっていくことは望ましいでしょう。一方で、生産性を伴わない賃上げは、経営を圧迫することが明白で、実現することは難しいでしょう。

さらに、企業経営者にとっての最適な人件費達成には、生産性に結びつかない慢性的な残業など、会社風土に根付いた職場環境の実態把握と改善が必要です。

生産性向上を実現しなければならない

最適な人件費達成は、同時に企業の生産性向上を実現させ、企業を将来に向けて維持・成長させるものです。最適な人件費達成は、企業経営を成功させるために必要な要素の一つなのです。

働き方改革を念頭におく

最適な人件費達成に向けた企業の取り組みは、社員にとっても魅力ある職場づくりや、多様な働き方のニーズに応じた働きやすい職場づくりに通じるものでなければなりません。最適な人件費達成に成功した企業は、働き方改革を念頭においた取り組みを実施しています。

最適な人件費のための3つの解決策

最適な人件費のための3つの解決策


最適な人件費のためには、「業務プロセスの見直し」「社員のスキルアップ」「IoT・AIの活用」という3つの解決策が有効です。それぞれ独立したものではなく、相互に関連した取り組みです。ここでは、解決策を活用することで最適な人件費の実現を成功させた企業の事例を含め解説します。

業務プロセスの見直し

最適な人件費のためには業務プロセスの見直しが有効な解決策になります。
(株)東京商工リサーチ 第14回新型コロナウイルスに関するアンケート調査』によると、「新型コロナウイルス流行による企業活動への影響」に関する質問に対して、約7割の回答者が「影響が継続している」と回答しています。金融支援の拡大や持続化給付金によって、倒産件数は抑えられているものの、多くの中小企業は引き続き厳しい状況におかれています。

経済産業省が令和3年4月に発表した『2021年版中小企業白書・小規模企業白書』では、そんな新型コロナウイルス流行による危機的な状況を乗り越える力のひとつとして「事業継続力と競争力を高めるデジタル化」を取り上げています。特に中小企業のデジタル化の遅れが指摘されており、このような状況を解消する方法として「デジタル化に積極的に取り組む組織文化の醸成」と合わせて、「業務プロセスの見直し」が必要とされています。

業務プロセスの見直しの具体的な方法としては「業務のマニュアル化や標準化」がありますが、さらにデジタル化することによってさまざまなメリットが得られます。属人化していた作業が他のメンバーでもできるようになったり、自動化されることでコストがカットできたり、業務プロセスを見直しデジタル化することで、業務負担や人件費を大きく削減できる可能性があるのです。

そのためには「業務の棚卸・見える化」が必要な職場もあるでしょう。業務プロセスの見直しを企業の施策として実施していない期間が長いと、不要な業務や同じことを重ねて実施している重複業務が発生しているケースがあります。「過去からの決まりごと」「いままでのやり方」などを見直して、現在の視点と常識で業務プロセスを棚卸することが必要です。

属人化していた業務プロセスの見直し、必要に応じてデジタル化することで業務が効率化され最適な人件費の分配に役立てることができるでしょう。

中小企業では、業務プロセスの見直しの取り組みが積極的に実行されていることが分かります。

社員のスキルアップ

最適な人件費を実現するためには、社員のスキルアップも重要です。社員がスキルアップし生産性が向上すれば、賃金アップが可能となり従業員のモチベーションアップと退職防止にもつながってくるでしょう。社員のスキルアップが可能となる研修教育制度などを考えていくことで、企業は優秀な人材に成果や貢献度に応じて最適な人件費を支払うことが実現します。

さらに、求職者に対しても働きたいと思う企業価値をつくりだすことになります。社員のスキルアップに成功した中小企業が実施している事例は具体性があるという点で共通しています。多くの企業の問題点で共通するのが、一部の担当者への業務の集中です。

事例1
調査を事業として行うA社の事例では、特定の調査に受注が偏る傾向がありました。

受注が偏ると、特定の調査と検査のスキルを持った社員に業務が集中してしまいます。A社は他の社員のスキルを一覧化できるスキルマップを作成し、全社的なスキルアップを実行することで、部門を超えて柔軟にリソースを割り当てることができる体制を実現しました。A社は、スキルマップ作成からスタートし、社員のスキルアップによる多能工化の実現、結果的に業務を平準化できた成功事例です。

A社は効果として、年間の1人あたりの平均労働時間を1,500時間から1,400時間に減少させ、最適な人件費を実現しました。

IoT・AIの活用

最適な人件費の実現として効果が期待できる取り組みにIoT・AIの活用があります。近年のIoT・AIの進化は目覚ましく、従来人間が行っていた業務をIoT・AIが実行できる範囲が拡大傾向です。中小企業のIoT・AIの活用は多岐にわたり、アイデアによって可能性は広がっていきます。IoT・AIを活用したシステムを提案する企業も数多くあるので、企業経営者は自社の状況と課題をつかみ、最新のIoT・AIの活用を検討してみてはいかがでしょうか。

事例2
B社は飲食業を経営する企業ですが、事業の問題点として「来店客数の予測」がうまく把握されていない点がありました。その結果、大量の食材のロス、非効率なリソース管理による人件費ロス、社員の疲弊と不満が常に存在していました。

B社は、事業の問題点解決のため「来店客数の予測」の精度を向上させることを重点課題として定め、具体的なプランとして「AIの導入」を実行しました。その結果、AIは正確な来店客数を予測し、B社は「食材ロスの削減」「効率的なリソース管理」「社員の負担軽減」を実現しました。B社は、AI導入によって社員数を増やすことなく、売上を4倍に伸ばし、社員の給与アップを成功させました。

事例3
C社は、製造業を営む企業ですが、慢性的に発生する残業時間の多さが課題とされていました。C社は、残業時間削減をテーマに、社内プロジェクトを立ち上げ、社内で行われている業務の棚卸しを行い、IoT・AIの活用が可能な業務を検証しました。IoT・AIの導入を積極的に進めることで事務部門、現場・営業部門ともにシステム化が進み、業務の迅速さと効率化を実現しました。

その結果、残業時間削減を達成し、生産性向上と最適な人件費を達成しました。

経営者の人件費の考え方次第で労働生産性は向上する

人件費とは、社員に支払う賃金などに代表される企業経営に必要な費用であり、企業経営に対する貢献と人件費は最適な関係であることが望ましいでしょう。また、人件費の考え方で企業経営者が忘れてはいけないのは、「労働分配率」と「労働生産性」です。最適な人件費達成を考えるとき、前提として考えなければならないのが日本企業を取りまく社会環境の変化です。

最適な人件費のためには、「業務プロセスの見直し」「社員のスキルアップ」「IoT・AIの活用」の3つの解決策が有効でしょう。